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電卓とルート計算
2003年 04月 20日 (日) 15:51 | 編集
入園・入学式、あるいは新入社と、
期待と緊張の中でとまどいながらも新生活をスタートされた方も多いと思います。
我社にも新しいメンバーが加わり、新鮮な空気を送り込んでくれています。

昨年のちょうど今頃のことですが、ピンクハウスのチーフパタンナーから、
電卓が余っていないかと聞かれたことがありました。
新人さんには新しい電卓が支給されるはずなので、訝しげに理由を聞くと、
この頃の電卓にはルート計算のボタンが付いていないからというのです。

更に聞くと、パターンを引く際に、肩などの曲線を割り出すため、
ルート計算が必要なのだそう。

学生の時、この授業が終わればルートなんぞ金輪際使うこともないだろうにと、
うそぶいていた私などは、電卓のルートボタンは疲れた時の憩いのボタン、
意味もなく連打するものと決めてかかっていただけに、それは新鮮なオドロキでした。

学生の頃というのは誰でも一度は何のために勉強をするのだろうと、
その目的を自身に問い掛けてみたりするものですが(そんなのは私ぐらいか)、
大人になってこれは必要なことなんだろうかという問いを繰り返すうちに、
答えを見つけることもなく、気がついたらこんな年になっていました。

でも、授業中、ふりそそぐ水のように与えられた知識の大半は、
穴の空いたバケツよろしく、いつの間にか流れ出てしまったようでいても、
年齢を重ねると、ある時ふいに、あぁ、あれか、このことだったんだ、
と納得する場面に出くわすことが多くあります。

漫然と聞き流していた講義のようであっても(先生、ごめんなさい)、
気がつけば無駄なことなどひとつもなく、それが今日の自分に役立つ術になっていたりします。
ある人にとってはそれがルートや関数であり、元素記号であり、
古典や歴史であったりするのではないでしょうか。

関心の向いた物事がそのまま、自分の生業となるのは幸福なことですが、
大半は手探りで多くの事から自分を探して行く中で、
パターンを職業としているスタッフも、
授業中に習ったルートや家庭科などの知識が今日の仕事に対する理解の助けとなり、
あるいは仕事を選ぶ上でのキッカケとなっているのは確かだと思うのです。

若さゆえ、回り道に思えた時間も含め、今さらながら勉強とは、
自分の選択肢を増やす手だてなのだと、
遠い日の自分に言い聞かせてやりたい今日この頃です。
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